貸金庫

グレッグイーガン - 祈りの海より

 

【貸金庫】

一日ごとに、宿主(人間)が変わる意識が主人公。

人格や肉体を持たず、一日ごとに宿主の記憶を探って一日だけその宿主として生活している。

 

宿主となり得る人間には制約が存在する。

それは、

①主人公(意識)の年齢と同程度の人間であること

②ある中規模の街程度の範囲内にいる人間であること

彼は、寄生する意識としての生活の傍ら、貸金庫を借り、そこに寄生した記録を保管していた。

上記二つの制約はそのアーカイブから統計的に導かれた。

 

彼の最も古い記憶は、宿主が赤ん坊であり、「パパ」「ママ」や「兄弟」が宿主に対して愛情を注いでいるという記憶である。

彼は子供時代に、すべての人々は人間と同じように、『一日ごとに違う人間を演じている』と考えていた。

また、建物や繁華街は太陽や月と同じ舞台装置として、不変な存在という認識があった。

当時の彼には前日の宿主の記憶と、今現在の宿主の記憶の区別がつかず、たびたび『嘘つき』と呼ばれることがあった。

 

彼(の宿主)が学校へ通う年代になると、彼は混乱することになった。

前日の宿主が今現在のクラスメートであったとき、前日の宿主としての意識を持っていた彼は、前日の宿主が別の意識で存在していることに嫌悪感を覚えた。

そのうち、彼は自身が普通の存在ではないことを理解し、貸金庫を借りた。

 

宿主を演じ、食事をし、排便し、長期記憶を保つだけの存在として生活し続けていたある日、とある看護士の男に初めて寄生した。

2つの制約からしばしば同一人物に寄生することがある彼にとって、初めての宿主は珍しいことだった。

 

その看護士は精神病系の研究所に勤務しており、彼はクレインという植物人間の世話をすることになった。

クレインの世話をしているとき、同僚がクレインの脳スキャン画像をもって入ってくる。

彼女いわく、クレインは長期記憶しかもっていないということであった。

興味を持った彼は、彼女にクレインについて詳しく尋ねることにする。

そして彼は、クレインが神経外科医の父親に人体実験されていたことを聞かされる。

クレインは生まれてすぐに父親に脳をいじられ、徐々にその機能を破壊されていた。

 

彼は宿主の職場を離れ、貸金庫にある宿主の記録を地図にマッピングしていった。

そして点を結ぶと、中心にクレインのいる研究所が当たることが判明した。

 

彼は自身がクレインであることを半ば確信しながら、今後について考える。

父親を恨むのも当然、自分に名前があることを喜ぶのも当然である。

明日からは彼にとって、再出発の日である。

 

最後に彼は夢を見たが、夢の中で彼は名前を持っていた。

彼からすれば、名前を持っているということはそれだけで素晴らしいことである。